
大島康弘
株式会社ベティスミス 代表取締役社長支援員
音声
■サポート(提供)
小原整骨院(倉敷市連島中央2-3-22)、株式会社パッション、株式会社アンスリール、オーセンティック合同会社、一般社団法人岡山アスレーテスクラブ、九九華聯 99ファーレン 倉敷、株式会社Peace
■挿入曲
第130回目のゲストは、株式会社ベティスミス 代表取締役社長の大島康弘さんをお迎えし、国産ジーンズ発祥の地・倉敷市児島で60年以上にわたり続く“ものづくり”の歩み、そして、ジーンズを通じて地域を盛り上げ、次の世代へ技術と情熱を受け継ぐ取り組みについて伺いました。

<前半:ベティスミスの始まりと歩み>
1962年、岡山県倉敷市児島の地で、ベティスミスは作業服などの縫製を手がける小さな工場として誕生しました。創業当初はアメリカ向け輸出用のパンツを製造しており、その確かな縫製技術が後の発展の礎となりました。 やがて、親戚関係にあったジーンズメーカー「ビッグジョン」と共に、国内初期のブルージーンズ製造に携わります。これが、日本で“ジーンズ文化”が花開くきっかけのひとつとなり、児島が「国産ジーンズ発祥の地」として知られる原点にもなりました。 当時の児島は、家庭ごとにミシンがあり、女性たちが家で縫製を担う「内職のまち」でした。地域全体での分業体制が自然と形成され、縫製・洗い・加工といったジーンズづくりの工程がすべて児島で完結する――いわば“まち全体がひとつの工場”という環境が生まれていきました。 そんな中でベティスミスが大切にしてきたのは、「見えない部分ほど丁寧に仕上げる」という姿勢です。小さな会社だからこそ、一つひとつの工程に心を込め、品質で信頼を築いてきました。そして時代の変化とともに下請けから脱却し、“女性のためのジーンズ”を自社ブランドとして発信。ベティスミスの挑戦は、今も続いています。
<後半:現在の取り組みと、児島のこれから>
ベティスミスがミュージアムや体験工房を始めたのは、地域の子どもたちが社会見学に訪れたことがきっかけでした。 「せっかく来てくれるのなら、見学だけでなく、何かを“体験”してもらいたい」――その思いから始まった小さな取り組みが、今では観光客も訪れる人気の施設へと発展しました。 体験工房では、半完成のジーンズにボタンやリベットを打ち、自分だけの一本を仕上げることができます。 世界に一つだけのジーンズを自分の手で完成させるこの体験は、世代を超えて多くの人々に“ものづくりの楽しさ”を伝えています。 現在、工場の現場を支えているのは、若いスタッフたちです。 中には、一本のジーンズを最初から最後まで一人で縫い上げることができる職人も少なくありません。 「技術を身につければ、一生食べていける仕事になる」――その言葉どおり、日々の作業を通して技術と誇りを積み重ねています。 独立して自分の工房を構えるスタッフも多く、辞めた後も「また手伝うよ」と戻ってくる人が少なくありません。 会社という枠を超えて、地域全体で技術を育て、支え合う文化が児島には根づいています。 ベティスミスがこれから目指すのは、単に“ジーンズのまち”を守ることではありません。 長年受け継がれてきた技術と文化を次の世代へ伝え、ジーンズだけでなく、そこに関わる人や地域そのものが輝き続ける――。 そんな未来を見据えながら、今日も児島の工場からミシンの音が響いています。



