2021.04.15 第76回 柚木道義

社会

柚木道義

衆議院議員(立憲民主党)

音声

■サポート(提供)

小原整骨院(倉敷市連島中央2-3-22)、こはら鍼灸整骨院(倉敷市平田615)、cocoro from 小原整骨院(岡山市南区下中野1407-6)、古閑俊行話し方スクール、株式会社パッション、株式会社アンスリール、オーセンティック合同会社、公益社団法人倉敷市シルバー人材センター

■挿入曲

栄光の架橋 / ゆず

第76回目のゲストは、政治への現状不信と将来不安に対して「誰かが立ちあがらにゃー、おえん!!」という熱い思いを持ち続け、私たち市民の思いに寄り添い、その思いを国政に届けるべく奮闘されている衆議院議員の柚木道義さんをお迎えし、政治に対する熱い思いをお伺いしました。

前半:あえて厳しい選挙区から立候補しての初当選

橋本龍太郎先生の選挙区だったので絶対なれないと言われていた。2回落選したら候補者に選ばれなくなる。2回というのは5年。当時30歳、五年間、命懸けでやってみてダメなら、自分はこの分野で世の中に必要とされていないと思って諦めると決めていた。

初当選の時、2回目、100枚以上ポスターを貼った。1日朝から晩まで歩いても1枚もはれない日があった。1年で4万票縮めた。次は負けると思っていたが、2005年に勝った。2009年は全国で一番の当確が出た。 政治家の人生は何が決めるかの半分はどの選挙区を選ぶかということ、ライバルが大きければ大きいほど、100の力では結果を出せない。1000%の力が必要。 政治の世界へは江田五月先生の秘書から入った。その時から顔つきが変わったと言われる。

役が人を作る。当時、当選できそうな選挙区は他にあったが、でもこの厳しいところから出たから今がある。この選挙区だと、ここまで頑張ればというのがない、どこまでも頑張らないといけない。自分が志願した選挙区だったが、後から後悔した。1回目落選。毎日失踪したいと思っていた。当時は1日100人に名刺を配らないと帰らないと決めて1000日続けた。2回目の選挙初当選の時に、名刺を渡したら、3度目と言われた。ずっとみていたよと言われた。

そのあと、初当選。世の中変わるんだと、有権者に教えてもらった。みてくれていたのが、ありがたかった。当時、ヒトモノカネ、何もない中で、同級生が郵便局をやめてくれて、たった2人からのスタート「無謀を希望に変える」というキャッチは自分で作った。自分を励ますために、あまりにも無謀と言われるので…。

後半:これからのこと、目指すもの

在職昨年15周年。政治活動は20周年。来年50歳。二重の節目にもなるので、折り返し地点は過ぎていると思っている。この仕事としてもそう思っている。何ができるか、何が残せるか…というのはとても意識する。

 一番の原動力は、世の中で困っている方がいる、そういう方をなんとかしたい。自助努力をしている人にも関われたことで、自らの意識も変わった。自分が頑張れたのも、いろんな人の助けがあったので、自分が誰かの人に対して、そういう人でありたいと思っている。だからそれを仕組み化したい。法律や制度として、仕組みを作って行きたい。最低限生きていけるなど。困っている人たちの役に立ちたいという思いが年々強まっている。

難病とか医療ミスで亡くなった方の支援とか、肝炎など薬害など、そういうものもだいぶ改善された。そうやって救われた方がいらっしゃる。これも、予算化されたなどで、誰かの助けになれた。

 「情けは人の為ならず」という言葉がある。巡り巡って自分のため。あすは我が身。今日事故に巻き込まれるかもしれない、いつ支援が必要な立場になるかわからない。そういう時に支援が受けられる社会にしたい。今国会でもそんな提案をしている。

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